キャリア理論10|転機とキャリア.1
キャリアに
アイディアを
働くためのアイテム
「働くためのアイテム」を探究することで、変化の激しい社会の中で、私たち一人ひとりが、主体的に自身の希望や適性、そして能力を生涯にわたって発揮できるます。私たちの未来をより豊かにするために、キャリアにアイディアというエッセンスを加え、働くためのアイテムを一緒に探っていきましょう。
挑戦し続ける力
自分だけの価値観で、豊かな人生をデザインする。
もっと自分らしく生きたい!そう思える社会、そしてより多くの人々が自分自身の人生と向き合い、より豊かな人生を送るきっかけつくりをHCCジャパンはお手伝いします。

転機とキャリア.1<タナカさんの物語①>

ある一人のビジネスパーソンの物語から始めましょう
ストーリー:地図を失った男、タナカさんの物語

タナカです
年齢・属性: 45歳、中堅メーカー勤務(勤続22年)。
家族構成: 妻と中学生の娘の3人暮らし。住宅ローン残あり。
性格・仕事ぶり: 真面目で責任感が強く、典型的な「会社人間」。現場の調整能力に長け、社内の「生き字引」として頼られてきた。
彼が持っていた「地図」: 「このまま今の部署で部長を目指し、定年まで勤め上げる。多少の苦労はあっても、積み上げたスキルと人脈があれば、この会社で居場所を失うことはない」という揺るぎない確信。
タナカさんが愛した「旧世界」:生産管理部
タナカさんが新卒から22年間、心血を注いできたのは、工場の心臓部である「生産管理部」でした。
そこは、まだシステム化されていないアナログな調整が物を言う世界。急な仕様変更や機械トラブルが起きるたび、タナカさんは現場へ走り、気難しいベテラン職人たちと膝詰めで交渉し、資材部へ頭を下げて回り、なんとか納期に間に合わせるそんな毎日。
「タナカさんがいないと現場が回らないよ」 職人からのその一言が、タナカさんの最大の勲章であり、アイデンティティでした。泥臭いけれど、人間臭い信頼関係で結ばれた、かけがえのない唯一無二の居場所だったのです。
突如放り込まれた「新世界」:デジタル推進室
しかし、全社の構造改革により、生産管理部の機能は海外拠点へ移管され、事実上の閉鎖が決定。タナカさんに言い渡されたのは、新設された「デジタル推進室」への異動でした。
そこは、タナカさんのそれまでの世界とは言語も文化も異なる「異国」と感じられました。
- コミュニケーションの断絶: 以前は「顔を見て話す」が基本でしたが、今はチャットツール(SlackやTeams)が飛び交い、隣の席の人とも画面越しに会話します。タナカさんが得意な「阿吽の呼吸」や「行間を読む力」は通用しません。
- 価値基準の逆転: 「汗をかいて信頼を得る」ことが正義だった生産管理部とは対照的に、ここでは「データに基づかない発言」は非効率とみなされます。会議でタナカさんが現場の感覚を伝えようとしても、「エビデンスは?」と若いリーダーに冷たく返されてしまいます。
- 強みの無効化: 22年かけて築いた現場の人脈も、トラブルを未然に防ぐ勘も、最新のクラウドシステム導入を進めるこの部署では「過去の遺物」扱い。彼は「PC操作に手間取る、扱いにくいおじさん」というレッテルを貼られてしまいました。

「自分の20年間は何だったのか?」 「自分はもう、この会社に……いや、社会に必要とされていないのではないか?」
タナカさんは、築き上げてきた自信と居場所を同時に奪われ、底の見えない暗い「沼」の中に沈んでいく感覚に陥りました。彼にとっての「転機」は、単なる配置転換ではなく、「自分という人間の価値そのものが否定される事件」だったのです。
転機は「キャリアの脱皮」である(ブリッジス理論)
タナカさんが新部署で感じている「自分はもう不要なのではないか」という絶望。ウィリアム・ブリッジスは、これを外側で起きている「異動(変化)」ではなく、タナカさんの内面で起きている「トランジション(転機)」と呼びました。
ブリッジスの理論をタナカさんの状況に当てはめると、彼が今どの地点にいて、次に何が起きるのかが見えてきます。
終焉(Ending)
古い自分への幕引き タナカさんにとって最も苦しいのは、「現場の英雄」だった自分を捨てることです。しかし、新しい自分になるためには、まず「かつて有能だった自分」に感謝し、その役割が終わったことを認める「幕引き」の作業が必要です。
中立圏(Neutral Zone)
熟成の沼 新部署での疎外感、何をやっても空回りする感覚。タナカさんは今、この「沼」の真っ只中にいます。ブリッジスは、ここを「空虚だが、新しいアイデンティティが生まれるために不可欠な熟成期間」と呼びました。焦って答えを出そうとせず、このモヤモヤの中に留まることが、実は次への準備になります。
新しい始まり(New Beginning)
再起動 「多くの人が「新しい始まり」を「新しい部署のやり方に自分を染めること」だと誤解します。しかし、真の再起動とは、沼での内省を経て「自己理解」と「仕事理解」を改めて定義し直すことから始まります。
- 新しい自己理解
「生産管理のタナカ」という肩書きを剥がした後に残った、自分の価値(価値観や適応力)は何か? - 新しい仕事理解
「冷徹なデジタル推進室」という偏見を捨て、その組織が直面している本当の課題や、そこで必要とされている「人間的な機能」は何か?
参考
沼から抜け出す鍵
タナカさんが沼から抜け出す鍵は、「一人称(当事者)」と「三人称(俯瞰者)」の視点を行き来すること、つまりメタ認知の視点です。
- 一人称(没入)の鍵
「私は、22年の自負を否定されたようで悔しいし、不安だ」と生身の感情を認め、自分を支えるエネルギーを維持します。 - 三人称(俯瞰)の鍵
「タナカさんは今、成長に必要な標準的なプロセス(ニュートラル・ゾーン)にいる」とドローン視点で客観視し、パニックを鎮めます。
「視点の往復」を活性化させる対話の力
しかし、一人で三人称視点を持とうとすると、どうしても「自分へのダメ出し(反省)」に偏ってしまいがちです。そこで、友人やメンター、そして「プロの鏡」である国家資格キャリアコンサルタントとの、対話が必要となります。
他者の視点という「鏡」に自分を映し出すことで、一人では届かなかった角度からの客観視(視点の往復)が活性化されるのです。
- 対話の鍵
一人称と三人称の間で揺れ動き、「結局、私はどうすればいいのか?」と迷うとき、必要になるのが他者との対話(コラボレーション)です。自分一人では、どうしても三人称の視点が「自分へのダメ出し」になりがちです。そんなとき、信頼できるプロの鏡を利用することを提案します。
沼から脱出し、「足跡」を残す
「視点の往復」と「対話(コラボレーション)」の終着点は、二つの円が重なり合う場所を見つけることです。では、タナカさんにとっての「重なり合う一点」とは、具体的にどのような場所だったのでしょうか。
二つの円を重ね合わせる
- 新しい自己理解(自分の核)
「生産管理」という肩書きを剥がした後に残ったタナカさんの本質、それは「現場の痛みを肌で感じ、泥臭い人間関係を動かしていく力」です。これは、AIやシステムには代替できない、タナカさんが22年かけて培った最強のオペレーションシステム、つまり人間力でした。 - 新しい仕事理解(組織の真の課題)
デジタル推進室という「新世界」を冷静に観察して見えたのは、「システムは完璧だが、現場(人)が拒絶反応を起こしている」という深い溝でした。現場が置いてけぼりにされていることが、会社全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)を阻む真のボトルネックだったのです。
発見した新しい役割:「インタラクションの結節点」
この二つの円が交わる点を見つけタナカさんの足は、初めて「沼」から脱出し、新しい職場に確かな「足跡」を残すことができました。それは、単に若手のやり方に染まるのでもなく、過去のやり方にしがみつくのでもない、「最先端のデジタル」と「泥臭い現場の心」を繋ぐインタラクション(相互作用)の主役という役割です。

「私の足跡ですが、現場とデジタル推進室の間にあった大きな溝を埋めることでした。なぜ職人たちがこのシステムを嫌がるのか、自ら現場へ出向き、本音を聴き出しました。その声を反映し、現場が直感的に使えるUI(画面)へ修正するようデジタル推進室のメンバーを説得することに成功できました。」
タナカさんにしかできない現場との「信頼」と「調整」が始まったとき、デジタル推進室は初めて現場と手を取り合い、全社的な変革が加速し始めました。タナカさんは、デジタル環境という異国において、自分だけの唯一無二の価値を確立したのです。
Take-Home Message
「タナカさんの物語①」を通じて、今回の学びは3つの「荒波を乗りこなす」航海図でした。
- 「終わること」を恐れない航海図
転機は、新しいことを始める前に、古い役割や自分に「幕を引く」ことから始まります。喪失感は、あなたがそれだけ誠実に仕事に向き合ってきた証です。 - 「沼」は成長の熟成期間の航海図
何も進んでいないように感じる時期(ニュートラル・ゾーン)こそ、新しい「自己理解」と「仕事理解」を深めるための貴重な測量期間です。焦らず、そのモヤモヤを味わい尽くしましょう。 - 「一人称」と「三人称」を対話で編む航海図
「私は悔しい(感情)」と「今は転機のプロセスだ(客観)」を、信頼できるプロとの対話で統合してください。その交差点に、あなたにしか残せない「新しい足跡」が必ず見つかります。
次回は、「キャリア理論10|<タナカさんの物語②>では、シュロスバーグの理論を使い、転機を乗りこなすための4つの資源「4S」から考えます。新しい役割の兆しが見えたタナカさんですが、歩き出すためには装備が必要です。彼が持つ「武器(リソース)」を棚卸しし、具体的にどう動員していくかの戦略を練り上げます。

この記事を書いた人
プロフィール
HCC Japan LLC
CEO
Waseda University in School of Human Sciences (e-school)
Human Informatics and Cognitive Sciences
Tokyo University Of Agriculture in Faculty of Bioindustry
Eli Lilly Japan K.K.
Sales & Marketing
Sales Manager
Sales Operator
Waseda University Senior High School
Teaching Assistant (Information Technology)
Waseda University School of Human Sciences
Teaching Assistant (Collaborative Learning and the Learning Sciences)
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