キャリア理論08|ニコルソンの理論.1
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キャリア理論08|ニコルソンの理論.1(役割移行における自己と役割の再設計)
ニコルソンって?
ナイジェル・ニコルソン(Nigel Nicholsonl)は、権威あるLondon Business School(LBS)の名誉教授であり、組織行動学の分野における著名な研究者であり、キャリア研究に進化心理学の視点を取り入れたパイオニアとしても知られています。彼の理論は、単なるスキル習得や環境への順応ではなく、自己(I)と役割(Role)の相互作用を再設計するプロセスに注目したことです。昇進、転職、異動といったキャリア転機で、人がどのように新しい役割を解釈し、自分自身をその役割に合わせて再定義するかを、「役割移行スタイル」として体系化しました。
ニコルソンの研究は、組織行動やキャリア開発の分野で広く引用され、今日のキャリア支援や人材開発の現場で、「人が変化にどう主体的に関わるか」を見立てるための重要なフレームワークとして活用されています。
London Business School(LBS)<外部リンク>
人生の転機(トランジション)の捉え方
ここで、人生の転機(トランジション)の捉え方について、改めて確認します。
前回のブリッジズの理論が「変化に対する心理的プロセス(心の内面)」に焦点を当てたのに対し、ニコルソンは「新しい役割への関わり方と行動スタイル」に注目しました。
キャリア理論07|ブリッジズの理論.1
キャリアの転機は、単なる外的な変化(異動、昇進など)ではなく、役割と自己の関係をどう再構築するかという、行動と認知の課題を伴います。
では、ブリッジズの理論とニコルソンの理論を比較します。
| 理論 | 焦点を当てる課題 | 具体的な問い |
| ブリッジズ | 心理的適応(心の内面のプロセス) | 古いものをどう手放し、新しいものをどう受け入れるか。 |
| ニコルソン | 役割への関わり方(行動と認知の再設計) | 新しい役割をどう解釈し、どう行動的に関わるか。 |
ニコルソンが示す転機とは、「古い役割」を脱ぎ捨て、「新しい役割」を身にまとう過程であり、その際、個人が取る「行動」と「認知」の組み合わせが、その後のキャリア成長を決定づけると考えました。つまり、「役割を演じる」ことと、「自分自身を再定義する」ことのバランスこそが、ニコルソンの理論が提供する最も重要な視点です。
参考例:
| ライフステージ | 転機における課題(ニコルソンの視点) |
| 就活生 | 「自分はどんな社会人になるのか?」を模索する。(新しい役割に合わせて、自分を積極的に変えていけるか?) |
| 成人前期(〜45歳) | 「新しい役割にどう自分を合わせるか?」を考える。(既存のやり方を活かしつつ、役割をこなせるか?) |
| 中年期(45〜65歳) | 「役割を自分らしく再定義できるか?」が問われる。(役割を単にこなすだけでなく、自分らしい価値を創造できるか?) |
前回の復習:ブリッジズの3ステップモデル
前回の「キャリア理論08」では、ウィリアム・ブリッジズのトランジション理論を通じて、キャリア転機における心理的な適応プロセスを学びました。
| 段階 | 心理的焦点 | 意味 |
| 終焉(Ending) | 喪失と感情の整理 | 古い役割を手放すこと |
| 中立圏(Neutral Zone) | 混乱と創造性の発揮 | 不安定な試行錯誤の時期 |
| 開始(New Beginning) | 希望と行動の定着 | 新しい役割への同一化 |
ブリッジズの理論が「心の準備(内面のプロセス)」に焦点を当てたのに対し、次は、その心理的準備を土台として、「役割にどう行動的に関わるか」を考えることが重要になります。
ニコルソンのトランジション4サイクルモデル
ナイジェル・ニコルソンが提唱する「トランジション4サイクルモデル」は、キャリアの転機を「古い役割」から「新しい役割」への移行を完了するまでにかかる反復的な学習サイクルとして捉えます。このモデルを理解することで、「いつ(サイクル)」「どのように(スタイル)」新しい役割に適応すべきかという具体的な指針を得られます。
役割移行のサイクル(時間軸)
ニコルソンのモデルにおける4サイクルは、役割移行が完了するまでの時間的、段階的なプロセスを示します。これは、前回のブリッジズ理論で学んだ心理的プロセス(終焉・中立圏・開始)と並行して進みます。
| サイクル段階 | 期間と焦点 | 役割の明確化 |
| ① 準備 (Preparation) | 役割移行の前段階。 | 新しい役割の情報を集め、初期の期待や自己変革の決意を形成する。 |
| ② 遭遇 (Encounter) | 新しい役割に就いた瞬間。 | 現実の役割と事前の期待とのギャップに直面し、適応スタイルへの初期選択を迫られる。 |
| ③ 順応 (Adjustment) | 役割に慣れ、試行錯誤を繰り返す時期。 | 個人の適応スタイル(4パターン)が実行され、確立される最も重要な段階。 |
| ④ 安定化 (Stabilization) | 役割が定着し、成果が出始める時期。 | 移行が完了し、新たな役割と自己の関係が確立される。この質の高さが、後のキャリア成長を決定する。 |
順応の質を決定づける2つの軸
特に重要な「順応 (Adjustment)」のサイクルで、個人が取る行動と認知の組み合わせが、適応の質(スタイル)を決定します。
| 軸 | 定義 | 尺度の意味 |
| 役割への関わり (Engagement) | 行動の軸:新しい役割にどの程度積極的に関与し、試行錯誤するか。 | 高い: 能動的、積極的な学習 / 低い: 受動的、最小限の関与 |
| 自己の解釈 (Interpretation) | 認知の軸:新しい役割に合わせて自分自身をどの程度変えようとするか。 | 高い: 自分を根本的に変革し、新しいアイデンティティを築く / 低い: 役割に合わせて行動は変えるが、既存の自分を貫く |
役割移行の4つのパターン(適応の質)
2つの軸が順応のサイクルで組み合わされることで、以下の4つの「学習・行動スタイル」が生まれます。
| スタイル(別名) | 軸の組み合わせ | 特徴とキャリアへの影響 |
| 役割創出 (Creation) / Absorption | 関わり(高) x 解釈(高) | 最も創造的。 役割に合わせて自己を根本から変革し、役割そのものも創造・革新する。 |
| 役割定着 (Inclusion) / Replication | 関わり(高) x 解釈(低) | 効率的。 積極的に業務を遂行するが、既存の自分を活かし役割に適合させる。 |
| 役割模索 (Exploration) | 関わり(低) x 解釈(高) | 内省的。 行動を控えめにしつつ、内省と学習で自己変革の土台を作る。後の大きな飛躍につながる可能性を持つ。 |
| 役割受動 (Passivity) / Determination | 関わり(低) x 解釈(低) | 停滞的。 変化を受動的に受け入れ、役割への関与も最低限。適応が遅れ、キャリアの停滞を招きやすい。 |
ニコルソンの理論は、「いつ(サイクル)」が最も重要で、その時に「どのような行動と認知の組み合わせ(スタイル)」を選ぶべきかという具体的な戦略を、キャリア転機に直面するすべての人に提供します。
Take-Home Message
キャリアの転機は、単なる「役割変更」ではなく、自己(I)と役割(Role)の再設計のプロセスです。ニコルソンの理論は、あなたがどの適応パターンを選び、どのように自己と役割を再構築するかを考えるための強力なフレームです。
次回は、「キャリア理論08|ニコルソンの理論.2(4つの適応パターンの詳細と事例)」として、今回提示した「役割への関わり(Engagement)」と「自己の解釈(Interpretation)」という2つの軸がどのように組み合わされるかを深掘りします。
特に、1984年に「A Theory of Work Role Transitions※1」で提示された以下の4つの適応パターン(スタイル)について、それぞれの特徴と、それらが個人のキャリアに与える影響を具体的な事例を通して解説します。
- Absorption(アブソープション):役割に深く没入し、自己変革を目指す適応(関わり高 x 解釈高)
- Replication(レプリケーション):既存の自分を繰り返す適応(関わり高 x 解釈低)
- Exploration(エクスプロレーション):距離を置き、観察と内省を通じて変革を目指す適応(関わり低 x 解釈高)
- Determination(ディターミネーション):受動的だが、変革への意欲が低い適応(関わり低 x 解釈低)
この理論を通じて、転機に際して「どのスタイルを選択し、実行すべきか」という具体的な指針を探ります。
※1 Nicholson, N. (1984). A theory of work role transitions. Administrative science quarterly, 172-191.

この記事を書いた人
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