キャリア理論16|ジェラットの理論とノゾミさん


キャリアに
アイディアを

働くためのアイテム

働くためのアイディアって?

「働くためのアイテム」を探究することで、変化の激しい社会の中で、私たち一人ひとりが、主体的に自身の希望や適性、そして能力を生涯にわたって発揮できるます。私たちの未来をより豊かにするために、キャリアにアイディアというエッセンスを加え、働くためのアイテムを一緒に探っていきましょう。

挑戦し続ける力

自分だけの価値観で、豊かな人生をデザインする。

もっと自分らしく生きたい!そう思える社会、そしてより多くの人々が自分自身の人生と向き合い、より豊かな人生を送るきっかけつくりをHCCジャパンはお手伝いします。

前回のホールの理論から、組織のモノサシを完全に手放し、プロティアン・キャリア(変幻自在なキャリア)を歩み始めた57歳のノゾミさん。「心理学・傾聴ボランティア体験講座」での新しい出会いや、社外のネットワーク、そしてメンバーに移行した社内での新たな役割。主体的に動いたことで、彼女の元には「これからの人生の選択肢(キルトの新しいパーツ)」が少しずつ、そして、確実に集まり始めていました。

選択肢が増えるという贅沢な状況。しかし、だからこそ彼女はまた、新たな戸惑いの渦に巻き込まれていくことになります。

ストーリー・損得の計算機がフリーズするとき

ノゾミさんは、ノートを見つめながら、つぶやきました。

ノゾミさん

「どれを選べばいいのかしら…。一番正しいのは、どれなんだろう」

休日の午後、お気に入りのカフェのテラス席で、ノゾミさんはA4のノートに、三つの選択肢を書き出していました。

①今の出版社で、若手育成の心理研修を企画する道
②社外のボランティアに深く関わり、週末の活動を続ける道
③キャリアコンサルタント養成講座に挑戦する道

どれも数ヶ月前の自分なら想像もつかなかった選択肢。

しかし、いざ「どれか一つに決める」と考えた瞬間、ノゾミさんの中で、あの感覚が戻ってきます。

頭の中の計算機が、静かに、そして大きな音を立てて回り始めます。

「①は確実だけど、でも自由度は低いかもしれない。」、

「②はやりがいがある。でも収入にはつながらない。」、

「③は魅力的。でもリスクが大きすぎる…。」。

条件、費用対効果、リスク、老後の資金。損得を合理的に計算しようとすればするほど、

どの道も一長一短に見え、どれが「正しい正解」なのか分からなくなってしまいます。

せっかく集まった美しいキルトのピースを前に、気づけば、また動けなくなっている自分がいました。

背景の理論・「正しく選べない」という前提

そんなノゾミさんの前に現れたのが、キャリア理論家ハリー・ジェラット(Harry Gelatt)です。

ジェラットはもともと、情報を集め、結果の起こりやすさと望ましさを見積もって選ぶ「合理的な意思決定モデル」を提唱した、いわば「論理派」の理論家でした。

データを集め、分析し、リスクと確率を計算すれば、人は最も合理的な選択ができる。

そう信じ、研究を積み重ねていました。

しかし、時代が複雑さを増し、社会や技術の変化が加速していく中で、ジェラットはある限界に直面します。

それは、未来は、思ったほど「予測できない」という事実でした。

どれだけ情報を集めても、どれだけ論理的に考えても、未来を100%正しく見通すことはできない。

むしろ、前提そのものが簡単に変わってしまう。

つまり、「正しく選ぶ」ための土台自体が、不安定だったのです。

この気づきは、ジェラットにとって決定的な転換でした。

客観的なデータや論理(よく「左脳」にたとえられる働き)だけに頼る意思決定では、予測不能な時代を乗り切るには十分ではない。

そう悟ったジェラットは、1962年に自ら発表した「合理的な意思決定モデル」を見直し、1989年、合理性に直感や想像力を組み合わせる、新しい意思決定の構えを提示することになります。

理論の概略・積極的不確実性(Positive Uncertainty)

ジェラットが提唱したのが、「積極的不確実性(Positive Uncertainty)」という、

一見すると矛盾した名前を持つ理論です。

不確実であることを、「不安で避けるべきもの」と捉えるのではなく、

「だからこそ可能性が開かれている状態」として、前向きに引き受けていく。
それが、この理論の出発点です。

未来がどうなるか分からないという事実は、本来、私たちに不安をもたらします。

だからこそ人は、少しでも正しく選ぼうとして、情報を集め、比較し、合理的に判断しようとする。

しかしジェラットは、その前提そのものを問い直しました。

不確実な未来に対して、「正しい選択」を求め続けること自体が、無理なのではないか、と。

そこでジェラットは、意思決定の考え方を、一見すると矛盾する4つの原則として示しました。

①望むことには、焦点を定めつつ、柔軟であれ(Be focused and flexible about what you want)

②知っていることには、自覚的でありつつ、用心深くあれ(Be aware and wary about what you know)

③信じることには、客観的でありつつ、楽観的であれ(Be objective and optimistic about what you believe)

④行うことには、現実的でありつつ、魔法のような発想も持て(Be practical and magical about what you do)

どれも「どちらか一方」ではなく「両方」を求めているのがポイントです。

情報を集めて論理的に考えること(左脳的な働き)は、もちろん大切。

しかし、それだけでは決めきれない瞬間が、必ず訪れる。

そのときに、もう一つの大切な判断材料になるのが、「自分がどう感じているか」という主観的な感覚(右脳的な働き)です。ここでいう左脳・右脳は、論理と直感を表すたとえです。

つまりジェラットは、「論理で決めろ」とも「直感で決めろ」とも言っていません。データや論理で考えることと、自分の気持ちや直感に耳を澄ますこと。その両方を行き来しながら選ぶことを勧めているのです。同時に、自分の思い込みや感覚を鵜呑みにしすぎないこと(「用心深くあれ」)も、ジェラットは求めています。

未来に正解がないのだとすれば、論理だけでも、感覚だけでも、決めきれません。だからこそ、自分の内側にある「微かな感覚」も、見過ごさずに拾い上げることが大切です。

それは、言葉になりきらない違和感かもしれないし、説明できないワクワクかもしれません。

そうした感覚も、大切な判断材料のひとつとして、論理と並べて机の上に置いてみる。それが、不確実な未来へ踏み出すための構えなのです。

ドラマと理論・リスクではなく、胸の高鳴りへ

「計算機を一度、机の引き出しにしまってみませんか? 損得の計算は、もう十分ノートに書き出せていますから」

カウンセラーは、静かに言いました。

「損をしない選択を探している限り、脳はずっと「失敗」を探し続けます。」

少し間を置いて、続けます。

「でも、不確実であることから、目を背け、避けるべきものなのでしょうか」

「むしろ、可能性が残っている状態、とも言えませんか」

ノゾミさんは、ふと顔を上げました。

ノゾミさん

「その考え方、どこかで聞いたことがある気がして」

「そう、以前お話ししたサニー・ハンセンの『統合的人生設計(ILP)』です。

ハンセンも、人生の不確実な移行期を受け入れ、労働や愛、学びといった人生の全体像を『キルト』のように調和させていこうと言いました。

実はハンセンも、人生の転機を乗り越える知恵として、ジェラットの『積極的不確実性』を紹介しているんです。不確実さを前向きに引き受けるジェラットの姿勢と、ハンセンの言う『人生のキルト(全体性)』は、地続きで繋がっているんですよ。

損得の計算だけで選んだパーツは、あなたの人生のキルトに美しく馴染みますか?」

ノゾミさんは目を閉じます。あの日。

電車の中で、スマートフォンの画面を見つめた瞬間。

「心」の文字に反応した、あの感覚。

損得ではなかった。

合理性でもなかった。

でも、確かに動いていたあの感覚。

ゆっくりと、目を開きます。ノートに書かれた三つの選択肢。

その中で、一つだけ、自分の内側がざわつくものがありました。

ノゾミさん

「本当は、分かっているんです。一番不確実で、一番リスクが大きいけれど…。」

「いま、一番、心が動いているのはこれです。」
ノゾミさんは、三つ目の選択肢に、丸をつけました。

「どうなるかは分からない。でも…。」書き出した損得の計算も、いまの心の動きも、両方を机に並べたうえで、この未来を選んでみたいと。

Take Home Message

未来の正解を、探し続けなくていい。

どれだけ考えても、不確実な未来を完全に予測することはできません。

だからこそ、計算だけで決めようとしなくていい。あなたの「直感」や「心の動き」も、大切な判断材料として信じていい。

先が見えないことは、恐怖ではなく、可能性です。

どの道が正しいかではなく、どの道を、自分で意味あるものにしていくか。

それを決めるのは、あなた自身です。

セルフワーク・論理と直感の両方で選ぶ

さあ、あなたのノートを開いて、ジェラットの視点から、論理だけでは拾いきれない「主観(心の動き)」の声にも耳を澄ませてみましょう。問い1で書いたことは、これまでのメリット・デメリットの整理と並べて眺めてみてください。

【問い1】あなたが今、迷っている選択肢(あるいはこれからやりたいこと)について、

「メリット・デメリット」の計算を一切やめてみたとき、

純粋に「一番ワクワクする、惹かれる」のはどれですか?

(※「お金になりそう」「人に自慢できそう」ではなく、

純粋に身体がそちらに向かう感覚を直感で選んでみましょう)

Success

実際に書き出してみましょう

【問い2】不確実な未来に対して、「先が分からないことは、可能性が開かれているということ(積極的不確実性)」と思えるとしたら、

あなたは今、どんな一歩を踏み出してみたいですか?

(例:気になっている養成講座の説明会に申し込む、

体験セミナーの概要だけでも調べてみる、など)

Success

実際に書き出してみましょう

次回は、私の物語を、私自身の手で

論理と直感の両方に耳を澄ませて、キャリアコンサルタントへの道を歩み始めたノゾミさん。

不確実な未来に飛び込んだ彼女の表情には、かつての不安や迷いはほとんど見えません。

そこにあるのは、自分の手で人生を編んでいる人の、静かで確かな充実感でした。

いま、私たちはノゾミさんという一人の女性の揺らぎを通して、

キャリア後半戦における「転機」と「選択」をともに辿ってきました。

次週、いよいよ「キャリア理論とノゾミさん」の最終回を迎えます。
サビカス、ハンセン、クランボルツ、ホール、ジェラット。
それぞれの理論は、決してバラバラに存在していたわけではありません。

それは、人生の転機に立つ私たちが、自分自身で選び、動き、意味づけていくための一つの「道具箱」でした。

これまでの理論が、あなたの人生の中でどのように響き合い、どんな「キルト(物語)」を編み上げていくのか。

キャリア理論は、あなたを型にはめるためのものではありません。

むしろ、あなた自身の物語を、あなたの手で編んでいくためのものです。

その物語を、あなた自身が少しでも好きになれるように。

次回は、そのためのメッセージを届けます。

この記事を書いた人

May 2022~

HCC Japan LLC

CEO

April 2023~

Waseda University in School of Human Sciences (e-school)

Human Informatics and Cognitive Sciences

March 1996

Tokyo University Of Agriculture in Faculty of Bioindustry

April 1996〜March 2022

Eli Lilly Japan K.K. 

Sales & Marketing
Sales Manager
Sales Operator

October 2023~February 2025

Waseda University Senior High School

Teaching Assistant (Information Technology)

April 2025~ July 2025

Waseda University School of Human Sciences

Teaching Assistant (Collaborative Learning and the Learning Sciences)

Certified
National Licensed Career Consultant, 25072525
Medical Management Specialist, Third Grade, 31310119010282

会社概要
-COMPANY PROFILE-

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