歴史人✖️キャリア理論|横井 弘01「焼け跡に咲いた歌」
偉人たちの人生に、次の一歩のヒントを
歴史人をキャリア理論で読み解く文学家・作詞家 横井 弘編 第1回
歴史に名を残した人々も、私たちと同じように悩み、迷い、そして選択しながら人生を歩んでいました。このシリーズでは、キャリア理論というレンズを通して、歴史人の人生を読み解きます。
過去の人物を知ることは、未来の自分を知ること。彼ら、彼女たちの生き方の中には、今を生きる私たちのキャリアや人生を考えるヒントが、数多く隠されています。

文学家・作詞家 横井 弘編
新たに読み解く歴史人は、全4回でお届けする「文学家・作詞家 横井弘」。
戦争によってすべてを焼かれ、帰る家さえ失った一人の青年が、なぜその焼け跡から『あざみの歌』をはじめとする数々の名作を生み出すことができたのでしょうか。
失ったからこそ見えたもの。遠回りだったからこそ辿り着けたもの。偶然を味方にしながら自分だけの道を切り拓いていったそのキャリアを、これから4回にわたって読み解いていきます。
本シリーズは、歴史人の生涯を、キャリア理論というレンズを通して見つめ直す試みです。人物の生き方や理論との結びつきについては、HCCジャパン合同会社による独自の視点と考察を含みます。
また本企画は、「偉人たちの人生に、次の一歩のヒントを」を掲げ、歴史人物や文学家の魅力を発信する「いらすとすてーしょん」とのコラボレーション企画としてお届けします。
いらすとすてーしょん「文学の部屋|横井 弘」 illuststation196.com第1回 焼け跡に咲いた歌失った人生がキャリアの原点になるとき
横井弘って?

横井 弘 Hiroshi Yokoi 東京都出身 1926-2015
@いらすとすてーしょん
1926(大正15/昭和元)年に生まれた横井弘は、東京で青春時代を過ごしていました。しかし、その日常は1945年5月25日、突然終わりを告げます。東京大空襲によって自宅は焼失。それまで積み上げてきた暮らしも、当たり前だと思っていた明日も、一夜にして灰となりました。さらに混乱のさなか、追い打ちをかけるように召集令状が届きます。同年6月、横井は茨城県で沿岸防備隊の初年兵として軍務に就きました。
家も失った。
日常も失った。
そして、自分の時間さえも失った。
当時19歳の横井弘は、自らの意志ではどうすることもできない大きな時代の流れの中に投げ込まれていたのです。やがて日本は敗戦を迎えます。しかし戦争が終わっても、横井には帰る家がありませんでした。焼け出された家族は知人を頼り、長野県下諏訪町へ移り住みます。
見知らぬ土地。
先の見えない生活。
多くの人が立ち尽くしてしまっても不思議ではない状況でした。それでも横井は、その焼け跡のような日々の中で、静かに一つの決意を固めます。
これからは、好きな詩の道で生きよう。
下諏訪の湖畔や八島ヶ原湿原を歩きながら、横井は詩作に没頭しました。生まれた作品は十五編以上。その中の一つが、後に多くの人々の心を打つことになる『あざみの歌』でした。すべてを失った青年の手元に残されていたのは、紙と鉛筆、そして自分の言葉だったのかもしれません。
なぜ人は、同じような喪失に直面しても立ち直れる場合と立ち直れない場合があるのでしょうか。
第1回では、シュロスバーグの「4Sモデル」を手がかりに、横井弘が焼け跡の中で見いだした資源(Situation・Self・Support・Strategies)と、『あざみの歌』誕生以前の再出発を読み解いていきます。
失われた人生の中にも、次の人生の種は残されている。そのことを教えてくれる物語です。
背景の理論 シュロスバーグの「4Sモデル」
こうした横井弘の経験を読み解く上で、大きな手がかりとなるのが、アメリカのキャリア理論家ナンシー・K・シュロスバーグの「4Sモデル」です。
シュロスバーグは、人が人生の転機(トランジション)に直面したとき、その出来事そのものよりも、どのような資源を持ち、それをどのように活用できるかが適応の成否を左右すると考えました。その資源を整理する枠組みが、次の4つの「S」です。
その転機はどのような出来事か。予期していたのか、突然だったのか。どの程度コントロール可能なのか。
本人の価値観、性格、経験、忍耐力、楽観性などの内面的資源。
家族や友人、周囲の人々から得られる精神的・実質的な支え。
現実への対処法。問題を変えるのか、捉え方を変えるのか、それとも新しい行動を起こすのか。
シュロスバーグは、転機の大きさだけで人生が決まるのではなく、この4つの資源をどれだけ活用できるかによって、その後の適応のあり方が変わると説きました。転機に飲み込まれるか、それとも転機を乗りこなしていくか。その違いは、自分に残された資源に気づけるかどうかにあるのです。
横井弘と4Sモデル
この4Sモデルを通して、横井弘が置かれていた状況を見てみましょう。
極めて過酷でした。自宅の焼失、召集、敗戦、そして疎開。しかも、それらは本人の意思とは無関係に、短期間で連続して起きました。予測できない。止めることもできない。まさにコントロール不能な転機だったのです。
しかし横井には、この資源がありました。言葉や物語を愛する感受性。そして、すべてを失ったあとも「これからどう生きるか」を自分自身に問い直す力です。彼は過去を嘆くだけではなく、次の人生を考え始めました。
これも存在していました。焼け出された家族とともに下諏訪へ移り住めたことは、精神的な支えになったはずです。すべてを失っても、共に歩む人がいる。その事実は決して小さくありませんでした。
最も象徴的だったのがこれです。横井が選んだのは、「詩を書く」という戦略でした。湖畔や湿原を歩きながら言葉を紡ぐこと。それは失われた日常をただ悲しむ時間ではなく、新しい人生を創り出す時間へと変えていく営みでした。
もし横井が、この時期をただ茫然と過ごしていたらどうなっていたでしょうか。『あざみの歌』は生まれなかったかもしれません。そして、その後の数多くの名曲も存在しなかったかもしれません。横井弘は、自分に残された資源を一つずつ確かめながら、焼け跡から言葉を生み出すという自分だけの戦略を選び取ったのです。
Take Home Message
人生には、自分では避けようのない大きな喪失が訪れることがあります。そんな時、私たちは「何もかも失ってしまった」と感じてしまいがちです。しかしシュロスバーグの4Sモデルが教えてくれるのは、どれほど厳しい状況であっても、自分の中や周囲には、まだ見えていない資源が残されているということです。
状況(Situation)は変えられなくても、
自己(Self)は育てられる。
支援(Support)は見つけることができる。
戦略(Strategies)は選び直すことができる。
横井弘がそうであったように、失ったものを数えるだけでなく、まだ手元に残っているものに目を向けたとき、そこから新しい人生が動き始めるのかもしれません。
次回は
すべてを失った焼け跡の中で、「詩を書く」という戦略を選び取った横井弘。しかし、その言葉が多くの人々の心へ届くまでには、まだいくつもの偶然が重なる必要がありました。
疎開先で書かれた一編の詩は、なぜキングレコードの社員の手に渡ったのでしょうか。
なぜ作詞家・藤浦洸との出会いが生まれたのでしょうか。
そして、なぜ『あざみの歌』は五年の歳月を経て全国へ広がっていったのでしょうか。
次回、「偶然という贈り物」。
クランボルツの「計画的偶発性理論」を手がかりに、横井弘の人生に起きた偶然の連鎖と、その偶然をチャンスへ変えていった生き方を読み解いていきます。
この記事を書いた人
HCC Japan LLC.
代表社員
Waseda University, School of Human Sciences (e-school)
Human Informatics and Cognitive Sciences
2025年4月〜7月
Tokyo University of Agriculture, Faculty of Bioindustry
Eli Lilly Japan K.K.
Sales & Marketing / Sales Manager / Sales Operator
国家資格キャリアコンサルタント (National Licensed Career Consultant) 登録番号25072525
医療経営士 (Medical Management Specialist Third Grade) 3級認定登録番号31310119010282
